妊娠初期を振り返って

マタニティ

妊娠中期に入りました。初期を振り返って

妊娠判定日のブログを書いてから、気づけばだいぶ時間が経ってしまいました。

現在は、無事に妊娠中期(6か月)に入っています。

ここまで来られた安心感もありつつ、忘れないうちに妊娠初期のことを記録として残しておこうと思います。


陽性判定のあと、急きょ飛騨温泉へ

2025年末、陽性判定をもらったあとのこと。

「つわりが始まる前にどこか行きたい!」と思い立ち、夫婦ふたりで年末旅行へ行ってきました。

行き先は飛騨温泉のバスツアー。

なんと参加の2日前に予約するという勢い(笑)

混浴もあって、二人でゆっくり温泉に浸かりながら、「赤ちゃん来てくれたんだね」と嬉しさを噛みしめるような時間を過ごせました。

本当に行ってよかったなぁ…。


胎嚢確認。そして、ゆるく新居探し開始

2026年になり、年明けには無事に胎嚢確認。

ひとつひとつの診察が本当に緊張で、確認できた瞬間はほっとしたのを覚えています。

この頃から、SUUMOを見たり仲介会社に相談したりしながら、ゆる〜く新居探しもスタート。

赤ちゃんを迎える生活を少しずつ想像し始めた時期でした。


心拍確認と同時に始まったつわり

7wで1回目の心拍確認。

順調に育ってくれている姿に安心したのも束の間、その週の後半から少しずつ体調が変化していきました。

午後になると気持ち悪さが強くなり、仕事を早退する日が増加。

そして翌週、8w。

「このまま仕事を続けるのは厳しい」と感じ、近くの婦人科クリニックを受診して母子健康連絡カードを書いてもらいました。

その場で職場へ電話し、課長へ報告。

不妊治療をしていた経緯も知ってくださっていたので、「体を一番に考えて休んでいい」と言ってもらえて、本当に救われました。

翌日は一応出勤して、簡単な引き継ぎだけ済ませ、そのまま3週間の休養へ。


8w〜10w、つわりピーク期

ここからが、本当に大変でした…。

8w・9w・10wは、仕事を休んでいて正解だったと思います。

というか、休まないと無理だった。

食欲は不思議とあるのに、食べられるものはかなり限定的。

冷凍パスタのペスカトーレだけ異様に食べられたり、蕎麦しか食べたくなかったり、苺やフルーツを延々と口にしていたり…。

それ以外の時間は、布団の中でほとんど横になって過ごしていました。

「つわりってこんなにつらいんだ」と、毎日必死だった記憶があります。


11w、復帰するか延長するか悩んだ時期

11wに入る頃、「仕事復帰するか、もう少し休養するか」でかなり悩みました。

結果的には、追加で母健連絡カードを4週間分書いてもらい、

  • 時短勤務
  • もしくは休養可能
  • いつでも休める体制

という形で復帰することに。

公務員なので、こういった証明があると療養休暇扱いになり、お給料が出る制度には本当に助けられました。

とはいえ、復帰後の11wは、ほぼ毎日午後から早退。

朝〜午前中は意外と元気なのに、午後になるにつれてどんどん気持ち悪くなるんですよね…。

それでも、気軽に早退させてもらえる職場環境には感謝しかありませんでした。


NIPT検査と、少しずつ見えてきた回復

12w半ばには、大きな病院でNIPT検査を受けました。

費用は約10万円。

決して安くはないけれど、受けたことに後悔はありません。

そして不思議なことに、この日を境に、つわりを感じる時間がぐっと減っていきました。

「あれ、少し楽かも…?」と感じ始めた頃。

2週間後の14w、結果を聞きに行き、すべて陰性とのこと。

ひとまず安心できて、肩の力が少し抜けた気がしました。

15w2dの初めての経腹エコーでは、赤ちゃんの全身がうつったエコー写真をたくさんもらえたよ♪


16w、職場にも妊娠が伝わることに

3月末、16wで妊娠5か月に突入。

ちょうどその頃、職場の内示がありました。

私は異動なしだったのですが、後任となる新人さんが配属されることになり、結果的に職場全体へ妊娠と産休予定が知られる流れに。

16wでぎりぎり安定期に入っていたのでタイミング的にはよかったものの、「思ったより早く伝わっちゃったなぁ」と少しソワソワした気持ちもありました。


おわりに

…という感じで、一気に妊娠中期に入るまでを書いてみました。

振り返ると、嬉しさと不安、そしてつわりとの戦いの日々だったなぁと思います。

でも、周りの人たちに支えられながら、なんとかここまで来ることができました。

次回は、4月(17w〜)以降の記録を書いていきたいと思います♡

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